A complex of all transparent ghosts

ア ラ ユ ル ト ウ メ イ ナ ユ ウ レ イ ノ フ ク ゴ ウ タ イ

時は飛去するとのみ解会すべからず、飛去は時の能とのみは学すべからず。時もし飛去に一任せば、間隙ありぬべし。有時の道を経聞せざるは、すぎぬるとのみ学するによりてなり。要をとりていはば、尽界にあらゆる尽有は、つらなりながら時々なり。有時なるによりて吾有時なり。
 
-時〔とき〕は飛去る〔とびさる〕ものだとだけ解会〔りかい〕してはならないのであり、飛去ることは時の能〔はたらき〕だとばかり学んではならない。時がもし飛去るだけのものとすれば、(時と時の間に)間隙〔すきま〕があるにちがいない。有時という道〔ことば〕(の真実)を経聞〔きいたこと〕のない人は、(時はただ)すぎてしまったとだけ学ぶためにそういうことになるのである。要をとって言うならば、尽界(世界全体)にあるすべての尽有(あらゆる存在)は、連続したままその時その時(の真実)である。(自己と同時にある)有時であるから吾(自己の)有時(の真実)である。
 
-Neither should we understand only that time flies. We should not learn that flying is the only ability of time. If we just left time to fly away, some gaps in it might appear. Those who fail to go through and hear of the truth of time as existence, fail because they understand time only as having passed. To grasp the nub and express it: all that exists, throughout the whole universe, is both a continuous line, and separate moments, of time. Because it is time as existence, it is time as my own very existence.
"道元禅師全集【第三巻】正法眼蔵3" 正法眼蔵第二十 有時 / 道元,水野弥穂子訳注

無題

菜の花の酢味噌和えがたべたい。